ルール説明
1、主人公とヒロインなどの性格をプロフィールで確認してください。
2、エピソードを読み進めてください。途中で選択肢が現れるので、Aもしくは、Bを選んでお手元の用紙に選んだルート(AルートかBルート)を書き込んでください。
3、選択肢に応じたエピソードの続きを読み進めてください。
4、エピソード7まで②.③を繰り返してください。
5、用紙を見ながら、エンディングルール説明に従ってください。
それでは、どうぞお楽しみください
主人公鷲尾春樹・親友の水瓶雨月 プロフィール
鷲尾春樹
今回のゲームブックにおける主人公
某R大学に通う二年生
一年生の頃からサークル「星を見る会」に入っている
先輩の白鳥文を慕い、今年から入ってきた三好琴里を可愛がっている。
水瓶雨月とは一年生のころから一緒に「星を見る会」に入っており、仲もいい。
水瓶雨月
鷲尾春樹と大学に入って出会う。
世話好きで鷲尾のことをよく気にかけている。
先輩の白鳥文・後輩の三好琴里 プロフィール
白鳥 文 二一歳
身長 一六三センチ
穏やかで面倒見のいいサークルの部長。そのため琴里の主人公に対する好意も見抜き、二人をくっつけようとしている。
しかし、自身の感情には無頓着な一面も。
サークルの旧メンバーとは険悪。
三好琴里 十九歳
身長百五十八センチ
大学一回生、「星を見る会」所属。
明るく元気な後輩。案外勉強はできるタイプ。高校の頃は長距離走の陸上競技者だったが、足が負傷し引退。大学生になってからはファッションに力を入れているが、若干垢抜けない。
プロローグ&エピソード1
昼休憩中のキャンパス内は普段より人通りが少ない。午前でテストを終えて学食に寄らずに帰った学生も多いのだろう。そういう僕と水瓶も今日の午後にテストはない。僕たちは全ての授業を一緒にとったのでテストの日程も同じ。今日の二限で全て終了だ。白鳥先輩や後輩の琴里は明日以降にも幾つかテストがあるようだけれど今日は午前で終わりらしい。
僕たちのサークルの安定のメンバー四人のうちの女性陣二人は微笑みながら会話を交わして僕たちの数歩先を歩いている。そして僕の隣では疲れと開放感の混ざったなんとも言えない表情であくびをする水瓶がいた。目の下の隈が彼のここ数日の健闘を表している。
「鷲尾、テストどうだった?」
「特に可もなく不可もない。単位を落とすほどでもないけど好成績とも言えないと思う」
テスト直後は燃え尽きてしまったようで尋ねてこなかったが、どうやら昼食を摂って回復したらしい。
「俺はヤバいかもしれない」
深刻そうに呟くがそれは始まる前からわかっていたことではないか。そう思うけれどストレートにそこを突くのは憚られる。ここ一年の付き合いでわかってきたが、水瓶は陽気なように見えてかなりのネガティブ思考なのだ。
「なんだかんだ言って一年次は二単位しか落としてないし、まぁ大丈夫だろ」
「だよな〜」
「保証はしないけどな」
本音はうまくオブラートの包装で隠したが、一夜漬けでも大丈夫と思われるのは癪なので少し脅しをかけておく。水瓶は一人で考え込むとどこまでも落ち込むが、人に褒められるとすぐ付け上がるのだ。
水瓶が口を閉ざしてテンションの降下作業に入ってしまったので、僕はとりあえず前を歩く二人をぼーっと眺めることにした。白鳥先輩と琴里は特に容姿が似ているわけではないけれど、傍目から見れば仲の良い姉妹のように見える。二人の僕や水瓶に対する接し方が姉や妹を思わせるからかもしれない。
ふと隣に目を戻すと水瓶も二人を見ているようだった。水瓶の目線は僕のそれとは少し違って、もっと気持ちがこもっているように思えた。意外に思って目線を辿って見たけれど特に二人のどちらかを見ているというわけでもない気がする。
「水瓶……」
「何?」
気になってつい声をかけたが二人のどちらかが好きなのか、と尋ねる度胸はない。水瓶はいつものおどけた調子ではなく、真っ直ぐな目で首を傾げていた。
「いや、あの二人って仲がいいなって思っただけ」
「そうかな?」
再び本音を誤魔化して先ほど思っていたことを言ってみたが水瓶は素直なままもう一度首を傾げた。水瓶らしくない仕草だが、それほど意外だったのだろうか。
「不仲だったりするのか?」
「あー、いやそうだな。確かに仲良さげだ。こうしてみると姉妹みたいに見える」
不思議に思って尋ねると、水瓶は不意にいつものような雰囲気を取り戻した。そして、思い出したように僕の言葉を肯定する。
「何か誤魔化してないか?」
「いや、何も。ところで……」
明らかに怪しかったので追求してみたけれど、強引に躱されてしまった。誤魔化してないか、なんて言えた義理ではないのだが。
「ところで?」
「あ、ああ。お前は二人のどっちかに気があったりするのかな、と」
「……」
先ほど僕が尋ねようとしていたことを尋ねられて言葉に詰まる。図星だと思われただろうか。僕はいつもの水瓶を参考に少し軽い雰囲気で答えた。
「A、白鳥先輩かな」
「B、琴里かな」
「C、二人よりもお前に気があるよ」
A
「へー、お前はああいうお姉さんタイプが好みなのか?」
ふむふむ、とでも言うかのように頷く水瓶。ウザさが倍増している。
「そう言う水瓶はどうなのさ」
「いや、白鳥先輩はどうも母さんに似てるからな……」
「あー」
そう言われれば気がないと言われても納得せざるを得ない。僕の母はナマケモノみたいな人なのでストイックな白鳥先輩とは重なって見えないが。
「そっかー。鷲尾くんは白鳥先輩みたいな女性が好みなのかー」
水瓶がバカみたいな顔をしてやや大きな声で呟くので慌てて口を塞ぎにかかる。が、抵抗むなしく水瓶のわざとらしい独り言は前の二人に聞こえてしまったようだった。
「そうなの? 春樹くんの好みなら良かったわ」
白鳥先輩が微笑みながら振り向いて可笑しそうにそう言った。そこまで深く考えての選択ではなかったので、喜ばれると少し申し訳なく思える。ただ、こちらを見る先輩の笑顔はいつも以上に輝いて見えた。
B
「へー、お前はああ言う元気な女の子が好みなのか?」
ふむふむ、とでも言うかのように頷く水瓶。ウザさが倍増している。
「そう言う水瓶はどうなのさ」
「いや、琴里ちゃんはどうも妹に似てるからな……」
そう言われれば気がないと言われても納得せざるを得ない。僕には妹がいないので理解することはできないが。
「そっかー。鷲尾くんは琴里ちゃんみたいな女の子が好みなのかー」
水瓶がバカみたいな顔をしてやや大きな声で呟くので慌てて口を塞ぎにかかる。が、抵抗むなしく水瓶のわざとらしい独り言は前の二人に聞こえてしまったようだった。
「そうなんですか? せんぱいの好みなのは素直に嬉しいです!」
琴里が笑顔で振り向いて小さくガッツポーズを決める。そこまで深く考えての選択ではなかったので、喜ばれると少し申し訳なく思える。ただ、こちらを見る琴里の笑顔はいつも以上に綺麗に見えた。
C
「ふざけないで真面目に答えろって。まぁ気持ちは嬉しいけどさ」
「嬉しいとか言うなよ。気持ち悪い」
それに普段からふざけている水瓶に言われたくはない。それは言っても無駄だとこの一年で学んだけれど。
「先に気持ち悪いことを言ったのは鷲尾だろ! で、どっちが好みなんだ?」
どうやら水瓶は俺がどちらかを選ぶまで逃がさないつもりらしい。仕方がないのでなんとなく、選んでおくことにした。
「A、白鳥先輩、かな」
「B、琴里、かな」
(Cをお選びの方はCを消して、AもしくはBを記入してください)
エピソード2
夏も冬も夜の暗さって変わらないんだなとつくづく感じた。
たまたま懐中電灯しか家になかったので、それを持ってきていた。しかし、先ほどペンライトを持ってきていた後輩の琴里は白鳥先輩に怒られていた。
横で見ていて「危なかった」と思ったが、正直「そこまで怒るようなことかな」とも思っていた。
実際は白鳥先輩の方が圧倒的に正しかった。夜の山道は想像以上に暗い。それに、小さな石などが埋まっていたりしていて、足元が危なかった。
大学から少しだけ離れた所に山がある。ほどほどに高くて、昼間は高齢者のハイキング客がちょこちょこいる。しかし、夜はほとんど人がいない。電灯なども山頂付近にはないので、星を見るにはうってつけの場所であった。
白鳥先輩は大きなリュックを持ってきていて、皆を先導しながら、後方の状況確認も怠っていなかった。
とはいうものの、後方にいるのは僕と琴里だけであったが。
他の部員は途中にある広場のようなところで騒いでいる。そこまでの道は電灯もあったので、懐中電灯も必要なかった。しかし、そこから先、現在三人が歩いているところは懐中電灯が必要不可欠であった。
少し汗ばんできたころに急に開けた所へ出た。
頭上には満天の星が瞬き、眼下には京都の夜景が広がった。星はネオンではないが、チカチカと光っている。そして、眼下の高速道路に流れる車が川のように思えた。
「ちょ、ちょっと、せんぱい! 前進んでください。わたしも星とかみたいです」
ついつい、その場にとどまってしまっていて琴里から苦情がきた。
何歩か前に進むと先輩がもう双眼鏡やら、星座早見表やら、カメラやらを取り出していた。
後ろではキャーキャーと琴里が騒ぎ立てる。
僕も持ってきた双眼鏡で星を見始めた。
その様子を見て、琴里も急いで双眼鏡を出し始めたようだ。
「おーい」
静寂を水瓶の声が破った。
「なんか、雨降るらしいぞ」
その声を聞いた途端、白鳥先輩は片付けを始め、すぐに下りる準備をした。
しかし、琴里はまだ星を見ているどころか、石に座り始めた。
選択肢
A
白鳥先輩の指示に従う
B
琴里についていてあげる
A、
白鳥先輩に合わせて準備しているときも琴里は石に座っていた。少し苛立ちを覚えて一言二言言おうと思ったとき、白鳥先輩が僕に対して叫んだ。
「春樹くん。悪いけど、私の荷物持って。水瓶君は琴里ちゃんの荷物お願い」
そう宣言すると、白鳥先輩は琴里に駆け寄った。
「立てる?」
「すみません。ばれてました?」
琴里は足が痛くて石に座っていたということを僕はその時初めて理解した。
全く気付かなかった自分に嫌悪感を覚えていた。すると、白鳥先輩が琴里に肩を貸しながら僕の背中を叩いた。
その後ろ姿は女性とは思えないぐらいかっこよく見えた。
そして、白鳥先輩の荷物を持とうとすると、予想していた二倍重かった。リュックの間からは防寒着や非常食なども入っていた。本当に僕たちのことを思っているのだと確信して、先輩の後を追った。
B、
渋々ではあったが、琴里の気が済むまで残ることにした。白鳥先輩と水瓶は先に途中の部員を下りてもらった。
なかなか立ち上がろうとしない琴里に少し苛立ちを覚え始めた。しかし、琴里が足をずっとさすっているのを発見すると、考えが変わった。
「お前、足痛いのか?」
「えへへ」
気づかなかった自分に嫌悪感を覚えつつ、琴里を背中に乗せた。かなり抵抗されたので、肩を貸すという折衷案で決着した。
「いつから痛かった?」
「登りきってからですよ。一息ついたら思い出したように」
「そうか」
琴里に肩を貸して山道を下りていくことにした。いつまでもとどまることは危険だ。
下山していると、途中で白鳥先輩が待っていてくれていた。
「やっぱり、足痛かったんだね」
「えへへ。すみません」
白鳥先輩は僕の荷物を持ってくれた。琴里は終始恥ずかしそうであった。
エピソード3
その日は猛暑日と表しても足りないほどの暑さで、まるでフライパンで熱されるバターのように僕自身の脳味噌まで溶かしてしまいそうだった。汗ばんだ額を拭いながら、僕は教室という名のオアシスを求めて歩き続ける。なぜこんな日に外に出て大学に向かっているのかというと、それは夏季休業中に行われる単位認定有りの集中講義のためなのだ。
「あいつ、絶対に知ってて来なかったんだろ……」
僕は初め、この話を履修登録ではなく水瓶の口から知った。楽に単位を得るなら絶対にお勧めだと強く推され、まあどうせこいつも出るのだろうし、と思って受講したが、まんまとそれは罠だったのだ。あいつは今、二泊三日で軽井沢に行っているとかなんとか。それを知って水瓶を問い詰めると、
「いや、誰も受講するなんて言ってないだろ?」
と、さらりと返された。とりあえず取ってしまった講義は取ってしまった講義だから投げ出すわけにはいかない、と真面目に早起きして大学に向かったところ、この有様である。片や空を呑み込むほどに元気な太陽のお膝元、片や爽やかな風と草木に囲まれた心地良い土地……僕はあいつが帰って来たときにどう復讐しようか考えながら歩いていた。
「今度の休み、お祭り行かない?」
ふと耳に入った道行く人の声に、僕は顔を上げる。直射日光がいやに眩しい。目の前には、来週末に開かれる夏祭りのポスターが貼られていた。そういえば、今年は特に祭りに行くような予定は無かったよなあ……
「よし、ちょっと皆を誘ってみるか」
切り換えるようにそう呟いて、僕はまた歩き始めた。
冷房がしっかりと効いた教室は、まさしく地上の楽園だ。集中講義に集まった学生たちは、皆一様に涼しさに酔いしれている。授業開始五分前ということもあってか受講生はほとんど集まっているようで、室内はもれなく騒がしい。さて、どこに座ろうか……
【A】人が少ない教室前方に座る
【B】人の多い教室後方に座る
【A】
「あら、こんな場所で会うなんてすごい偶然ね。」
教室前方で席を探していると、聞きなれた声が耳に届いた。
「先輩も受けてたんですね、集中講義」
どちらかと言えば、集中講義はコツコツ授業を受けることが嫌な人が来るものだと思っていた。真面目な印象のある彼女がここにいるのは予想外だ。
「今日は水瓶くん、一緒じゃないの? 」
「あいつなら今頃軽井沢ですよ。僕を嵌めて、自分は避暑地でリラックスときた」
「まあまあ、たまには良いじゃないの。あ、隣座る? 私も一人で受けてるから、ちょっぴり退屈なの」
しっかり者の先輩と授業を受けられるなんて、願ってもないことだ。先輩が普段どんな風に授業を受けているのかも気になるし、断る理由が全くない。
「はい、喜んで!」
先輩のおかげで、退屈することなく集中講義を終えることができた。
【B】
「せんぱーい、暑いですねー今日も……」
教室後方で席を探していると、聞きなれた声が耳に届いた。
「琴里じゃないか、お前も受けてたんだな」
「たった数日で単位が貰えるって思ったらこのざまですよ……」
どうやら琴里も僕と同じ口らしい。教室の中は涼しいのだが、外の暑さに相当やられたらしく、普段より元気が無い。
「夏バテか? 元気が無さそうだが、お前らしくないな」
「ならせんぱい、一緒に受けてくださいよ! そしたら元気な三好琴里も戻ってきますし、退屈しないし、一石二鳥です!」
それはお前にとっての一石二鳥だろう……と、ツッコミを入れることは避け、僕は琴里の隣に座った。
「まあ、琴里となら絶対に退屈しないだろうしな、一緒に受けるか」
「やったー! 流石せんぱい!」
琴里のおかげで、退屈することなく集中講義を終えることができた。
エピソード4
夏祭りに行こう、と初めにもちかけたのは水瓶だった。駅で貼ってあるポスターでよく見かけた祭りで、大々的なものであるらしい。日付が近かったものの全員の予定が空いており、いつもの四人で出かけることになった。
夕日が辺りを彩る午後六時、集合場所の駅には僕と水瓶が先に着いた。もちろん私服だ、男の浴衣など見ていて楽しいものではないだろう。
「で、お前はどっちの浴衣が目当てなんだ?」
「そういうのやめろよ……」
水瓶を適当にあしらっていると、二人が並んでやって来た。
「おまたせしました、せんぱい方!」
琴里は白い生地に薄い桃色や水色の朝顔がちりばめられている浴衣だ。髪は上のほうでお団子になっており、細い首を惜しげもなく晒している。
「ごめんね、遅れちゃって」
白鳥先輩は紺の地に白い牡丹が大きく咲いている、レトロな雰囲気の浴衣だ。緩く巻いた髪を肩に流しており、色っぽい。
僕はいつもと印象の違う二人にどぎまぎとしてしまう。
祭りのメインスポットである中央部まで行くと、京都中の人が押し寄せたような熱気に包まれる。群衆の陽気な空気感に気分が高揚する。
巡業する矛や屋台を見て回る。琴里がたこやきや焼きそばを恥ずかしそうに食べ歩きしたり、白鳥先輩が延々と綺麗な風景を撮ったり、水瓶がナンパしようとするのを止めたりと楽しい時間が過ぎる。
ことが起こったのは祭りの中盤ぐらいだろうか。人混みが押し寄せ、いつのまにか琴里と白鳥先輩の姿が見えなくなっていた。携帯を見るが連絡は入っていない。この場で電話を掛けても喧噪できっと聞こえないだろう。集合場所の駅でもう一度集まろう、とメッセージを送る。
「二手に分かれて探そう、鷲尾はどこか目星がついているか?」
水瓶の言葉に僕は考える。確か脇道に休憩場所のようなものがあったはずだ。足の怪我のこともあるし、琴里ならばそこで休んでいるかもしれない。それともこのまま駅に向かうか。しっかり者の白鳥先輩なら、メッセージに気づき駅に向かっているのではないか。
「じゃあ僕はこっちに行ってみる、水瓶はあっちを頼む」
駅に向かう→A
脇道の休憩場所に向かう→B
A
駅に向かう途中の道には有名な橋がある。橋の下には綺麗とは言いがたい川と、やたらとカップルがいる土手がある。そんな橋で、人だかりができていた。その中心から聞こえてくる声は、よく知った人のもの。
「私がどこで何をしていても勝手でしょ。サークルにも来ないくせに、私に口出ししないで」
白鳥先輩は男と言い争っていた。僕の見たことのない男で、ちゃらちゃらとしたいけ好かない格好だ。激高している人物が白鳥先輩だと、最初は気がつかなかった。いつもの穏やかな先輩とはかけ離れた様子である。人だかりをかき分けて前へ進む。
「まあそりゃそうだけどさ。お前も結局遊んでるし、どうせサークルもそんな感じなんだろ?」
「馬鹿にしないで!公私は分けてる、あなたとは違うの」
「おお、怖っ。本気でやってて疲れないの?」
僕は白鳥先輩と男の間に身体を滑り込ますように割って入る。先輩は林檎のように顔を真っ赤にしながら目を見開いていた。
「先輩、探しましたよ」
男のほうに向き直り、一言だけ。男のこと、白鳥先輩のかつてのこと、詳しくは知らない。だけど納得がいかなかった。
「本気でサークルして、悪いですか?僕は格好いいと思いますし、尊敬してます」
小さな先輩の手を包むようにして握る。祭りの熱気に反してその指は冷たい。
「はあ?なんだ、お前」
「行きましょう、先輩」
先輩の手を引きその場を離れる。ごちゃごちゃとうるさい男のことなど無視して行こう。
僕と白鳥先輩は、お互いの顔も見ずただ黙って歩く。街の喧騒の中、静かな僕らは異質かもしれない。
「何があったか聞かないの……?」
先輩の声は平坦で、心の機微が読み取れない。
推測するにあの男は星を見る会の退部者なのだろう。気にならないと言ったら嘘になる。
「先輩が話したいと思うのであれば、いくらでも聞きますよ」
でも無理に聞きたいとは思わなかった。いつか、話してくれる時が来てくれたら。
「そっか。春樹くん、ありがとう」
自分の汗で、手を離すのを忘れていたことに気づいた。慌てて離そうとするが、ぎゅっと握りしめ返される。
「もうしばらく、こうしていて、ね」
いつしか先輩の指は熱くなっていた。
B
閑散とした休憩場所には木でできたベンチが並んでいた。それにうずくまるように座る琴里を見つける。足首には、さっきはなかった包帯が巻かれており、痛々しい。
「琴里、その足……」
「あっ、鷲尾せんぱいだ。来てくれたんですね。わざわざすみません」
申し訳なさそうに目を伏せる琴里。
「足の痛みも見た目ほど酷くはないんですよ、慣れてますし。ただ、しばらくはここから動けないかなって」
慣れてるという言葉通りに、包帯も自分で巻いたのだろう。昔の怪我が痛むといったところか。
「だからせんぱいはみんなと遊んで来てください。わたしは大丈夫ですから」
何でもないように笑う琴里に怒りさえ抱いてしまう。琴里の大変なときに一歩退いてしまう性格はどうしたものかと思う。こういう時にこそ頼ってほしいのに。
琴里の足下にしゃがみ込む。
「放っておけるはずないだろ。ほら、乗って。帰るよ」
「ええ、せんぱいっ、いくら何でもおんぶは恥ずかしいですよぉ……せめて前みたいに肩を貸してくれれば……」
「怪我人の反論は聞かないから」
琴里はしばらくぷるぷると震えていたが、意を決したように立ち上がる。
「本当に大丈夫ですか、重かったらすぐに下ろしてくださいね」
ぽん、と琴里が寄りかかってくる。怪我の部分に触れないよう気をつけ抱き上げる。さすがに軽いとは言えないが、ちゃんと運べそうだ。
「ありがとうございます。来てくれたこと、すごく嬉しかった」
声は少し震え、涙が混じっている。安心、できたのだろうか。
「足が痛いと、病室での不安がぶり返すんです。頑張っても意味ないんだなって無力感が襲ってきて。今日もそうでした」
語る言葉は重苦しいものだった。弱音を吐いてくれることが嬉しい、という場違いなことを感じてしまう。
「せんぱいは一人が苦しい時に、そばにいてくれる人ですね」
背中の子どものような体温や、否応なく触れる胸、かかる息の甘さが気になって仕方がない。高まる鼓動は聞こえないふりをした。
エピソード5
それにしても暑い。花火大会という夏のビッグイベントを終えた僕に残されていたのはうだつの上がらないひっそりとした夏休みのみで、昼間っから学校と家のちょうど中間ほどにあるコンビニを訪れ、週刊少年ジャンプを立ち読み。しかしそれも「なんだなんだこのしょうもない連載陣は」と愚痴をこぼして帰るという陰鬱極まりない行為に帰結して、仕方ないから学校で勉強でもするかと思い立ち、自転車を漕いでいた。
うんざりするほど蝉時雨。向かい風が涼しいなんてことはなくてむしろ熱風。額に汗かき、通りすがりの、古めいた喫茶店の入り口で小躍りする「アイスコーヒー三八〇円」に目を奪われた。自転車を停めると吸い寄せられるように錆の生じた扉の取っ手を押す。
「いらっしゃいま……って、春輝くん来てくれたのね」
「えっ、なんで白鳥先輩が?」
「いやいや、ここ私のバイト先だよ。言わなかったかなあ?」
「言われてませんし、知らなかったですよ」
「ううむ。喜んで損した。というか、すっごい汗だね」
言われてみて気付く。ちょっと不衛生なくらいに汗だくだ。ポロシャツが肌に貼り付いている。
「じゃあ、ここの席ね」
「四人掛けじゃないですか。いいんですか?」
「大丈夫だよ、暇だし。私ももうすぐ上がるからさ、時間あるなら話に付き合ってほしいな、だめ?」
構わないですよ、とだけ返事しておくと、リュックを席に下ろす。彫刻のあしらわれた木製の椅子に腰掛けアイスコーヒーを注文した。他意はないけれど、働く先輩を盗み見て、ポニーテールの下、ブラウスの襟の上……つまりうなじに釘付けになる視線を急いでスマホへと移す。断っておくが、本当に他意はなかった。
「そういえば春輝くんさ、最近お母さんの様子はどう?」
「ぼちぼちですね。まあ、今のところは、ですけれど」
「心配じゃない? サークル出てて大丈夫?」
「問題ないですよ」
バイト上がりの先輩が席について開口一番、母親のことを心配された僕はスマホを下ろして視線を上げる。先輩のめちゃくちゃ綺麗な顔がめちゃくちゃ近くて恐れおののく。
「いや最近ね、私も貧血気味なのよ。やっぱり夏のダイエットはだめね」
「白鳥先輩はなんでもかんでも注力しすぎだと思いますよ。過ぎたるは猶及ばざるが如しって言葉があるくらいだしもっと加減を知らないと……」
「あー、そうね」
ふと、先輩の目が少し遠くを見つめているような気がした。僕を透かして、もっと遠くを。
「私ね、昔サークルで本気出しすぎちゃって、揉めたことがあるの」
風の噂で聞いたことはある。たしか、先輩以外のほぼ全員がサークルを抜けたとか。
「星座標丸暗記してこい! とかね。皆は反発しなかった。けれど、誰も暗記なんてしてこなくって、だんだん私もイライラしてきちゃって。あるときそんな私の不満が爆発して、そのとき同級生の部員に言われたの。『こんなの楽しくない』って」
「先輩の求めていた活動と、皆が求めていたものが違ったんですかね」
「そういうこと。結果、皆辞めちゃった。そのまま半年くらいが経って、駄目元で募集かけたら春輝くんたちが入ってくれたってわけ」
ずぞぞ。僕のストローからグラスが空になったことを知らせるように音がする。
「コーヒーフロート美味しいよ」
「お腹壊しちゃいます」
「あら、そう? 奢るよ」
「お願いします」
その後もサークルについて先輩と話し、自分では気付かなかったが大分と時間が経っていたらしい。空がにわかに赤らんで来たところで、唐突に先輩はこんなことを口走った。
「ちなみにうちのサークルは部内恋愛オッケーだけど」
「いやちょっと……部内って先輩と琴里しかいないじゃないですか」
「ええっ、琴里ちゃんじゃ不満なの?」
「不満というか……」
柄にもなくもじもじしてしまう。異性と恋愛話なんて慣れていないからだ。
……果たしてそれだけだろうか。今の先輩の言葉に、不快な異物を感じ取ったのは、恐らく気のせいなどではない。
「まず春輝くんって、彼女欲しいの? 欲しくないの?」
「僕は…
A、「いらないですね」と照れ隠し気味に答えた
B、「ぶっちゃけ欲しいですね」と苦笑いして答えた。
エピソード6
夏休みも、もう終わりが近づいてきていた。夏の酷暑は段々と落ち着いてはいるが、それでもまだ茹だるような暑さでもって大気を支配していた。
僕は母のお見舞いのため、こんな暑さの中真昼間を避け、昼過ぎ頃を狙って総合病院を訪れていた。幸い、総合病院の待合広場はよく冷房が効いていて極楽……とまではいかないまでも、はるかに外よりも過ごしやすかった。
母はあいも変わらずピンピンしていて、見舞いに来た僕の方が病人みたいな顔をしていると笑っていた。母はしばらく僕に構うとまた他のおばさま方に混じって井戸端会議に戻ってしまったので、僕も早々に病室を出たのであった。しかし、全くといっていいほどに病院の外に出る気にならず、だらだらとベンチに腰掛けて時間をつぶしていた。
「あれ、せんぱい?」
そんなとき、ふと声がかかった。いつの間にかまどろんでいたらしい僕の前には、麦わら帽をかぶった琴里がこちらの顔を覗き込んでいた。
「うわ」
「うわ、ってひどいじゃないですか、せんぱい。 こーんなかわいい子に起こして貰えるだなんて、むしろ感謝してしかるべきです」
「なんで感謝なんてしなくちゃならないんだよ、いきなり寝込みを襲われたら誰だって驚くぞ」
「寝込みを襲うだなんて、せんぱいも案外男の子なんですねぇ」
寝込みを襲う、なんて言葉からそんなことを連想するお前は女の子としてどうなの、なんてツッコミが口をつきそうになったが、言ってしまったらどうなるかはこれまでの経験で心得ているので黙った。
「それにしても、せんぱいってどこか病気なんですか? 夏風邪とか?」
「ああいや、この病院は母さんが入院してるんだ。と言ってもそんな大病を患ってるとかではないんだけどね」
「そうなんですか」
琴里はなぜかその言葉を聞くと、どこか遠くを眺めるように目を細めた。そして、唐突に僕の腕を取ると有無を言わさずぐいっと引っ張り上げた。いきなりのことに僕はつんのめって琴里にぶつかりそうになってしまう。全く、小柄な彼女のどこにこんなパワーが眠っているのやら。しかし、僕を引き上げた琴里はすこし顔をしかめて、足首を回すようにしていた。
「おい、大丈夫か?」
「へーきですへいき。 それより、いまからお暇ですよね、せんぱい」
琴里に連れられて、僕は病院の手前に広がる公園に足を踏み入れていた。昼過ぎ、と呼ぶにはいささか夕方に近い時間の公園には、僕と琴里以外には人影は無かった。ブランコに腰掛けた琴里にならって僕も横のブランコへ腰を下ろす。蝉の声がうるさく響く中、僕らの周りだけが静まり返ったような錯覚をおぼえた。竹を割ったような性格の彼女がこんなに静かになるなんて、もうすぐ五ヶ月ほどの付き合いになる僕も、見たことがなかった。
「こうしていると、あの夏のことを思い出しませんか?」
いつもよりも幾分落ちついて見える琴里の言葉に、記憶のどこか……何かが引っかかる気がする。
……重要な分岐点になる気がする。
A、「思い出した。 お前はあの時の……」
B、「……ごめん、よく思い出せないや」
A
「思い出した。 お前はあの時の……」
「やっと思い出してくれましたか……。 せんぱいってばぜんぜん覚えてないんだから」
すこし怒りながら、しかしそれ以上に嬉しそうに琴里がはにかんだ。その笑顔を見て、僕はようやく確信する。
二年ほど前、母が盲腸か何かで入院していた夏、それもちょうど今頃に、母と同じ病室にとある女の子が入院していたのだ。ほんの一週間ほどの短い期間ではあったが、僕たちはとても気があって、毎日のように日が暮れるまで他愛ない話題で話し込んだものだった。しかし、すぐに彼女は病室からいなくなり、その時になってようやく、彼女の名前を知らないことに気がついたがもう遅し。高校生の自分は気恥ずかしさのせいで彼女について聞くに聞け無かったのである。
「でも、覚えててくれたんだ……」
琴里は驚きで状況を飲み込めない僕を尻目にパパッとブランコから立ち上がった。
「明日から、覚悟してくださいね、せんぱい」
「え、おい、ちょっと」
呼び止める声を無視して、琴里はパタパタと逃げ帰るように立ち去ってしまった。それにしても、あの時の女の子が琴里だったなんて、そんな偶然あるんだな。僕は長年探していた忘れものが戻ってきたような、そんな不思議な高揚感を覚えつつ、家路に着いたのであった。
B
「……ごめん、よく思い出せないや」
「……そうですか、ごめんなさい。 こんなことにせんぱいをつき合わせちゃって……」
琴里は寂しそうに一瞬顔を曇らせたが、なんでもない、といった風に立ち上がると、挨拶もそこそこに立ち去ってしまった。
エピソード7
人がまばらにいる食堂は学期中の賑やかさを取り戻しつつあった。
もはや、懐かしい域にまで達したお盆にのった食堂の食事が二つ目の前にある。
お茶を持ってきた水瓶が向かいの席に座ったことを確認してから、箸を持った。基本的に食事の時は何も話さないが、水瓶が口を開けば会話をする。
内容は正直、どうでもいいことばかりであった。
「昨日、何食った?」とか。
「昨日テレビ何見てた?」とか。
どうでもいい会話に、どうでもいい返事をしていた。通常であれば、「ふーん」で終わりそうなものであった。
しかし、水瓶はそのどうでもいい返事でも笑ったり、質問してきたり、色々工夫をしてくれていた。
そのおかげで、かなり食事は楽しいものへとなっていた。
「本当に、こいつはありがたい存在だな」
と、心から思った。
「それで、この夏休みどうだった?」
「あー、今回の夏休みも…」
いつもと変わらず、特に何にもなかった。と、続けようと思った。
しかし、実際には言葉が詰まった。
正直に言って、どう続けたもんかと悩んだ。この夏休みは色々なことがあったことは確かであった。
A→先輩の顔がふと、思い浮かぶ。
B→後輩の顔がふと、思い浮かぶ。
Aルート
「白鳥先輩との思い出がおおきいかな。あの人色々大変そうだけど。なんか、もっと、自分を出していけばいいのに」
「そうか」
水瓶はにっこりと笑いながら、その後も続く白鳥先輩との夏休みに起こった出来事の話を聞いてくれた。
Bルート
「琴里との思い出が大きいかな。危なっかしくて、目が離せないけどな」
「そうか」
水瓶はにっこりと笑いながら、その後も続く琴里との夏休みに起こった出来事の話を聞いてくれた。
夏休みが終わり、状況は変わらず楽しいままで…
なんてことはあり得ない。
変わらない世界なんてない。変わらない人間関係なんてない。
どうしたって世界は何かしら変わるのである。彼ら、彼女らも含めて。
劇的か、ほんの少しか、それは彼ら、彼女らが進んできた道が指し示すだろう。
エンディングルール説明
1、用紙に選んだルートの数をそれぞれ合わせてください。
例
エピソード1 A
エピソード2 B
エピソード3 A
エピソード4 B
エピソード5 A
エピソード6 B
エピソード7 A
右のように選ばれた場合はAが4
Bが3
2、このようにしてその数を用紙の最後に記入してください。
3、下の「エンディングもくじ」を見て、自分のエンディングを読んでください。
例
自分の結果がAが4 Bが3の場合
↓
???ルート
4、「完」の文字が出れば、あなたの今回のゲームブックでの全工程は終了です。
エンディングもくじ
白鳥文ルート1 (Aが7 Bが0)
白鳥文ルート2 (Aが6 Bが1)
白鳥文ルート3 (Aが5 Bが2)
???ルート (Aが4 Bが3)
(Aが3 Bが4)
三好琴里ルート3(Aが2 Bが5)
三好琴里ルート2(Aが1 Bが6)
三好琴里ルート1(Aが0 Bが7)
白鳥文ルート1
「付き合ってください」「……ごめん、僕、琴里のことそういう風には見れなくて」
そんなやり取りが紅葉の下で行われてからもう二ヶ月経った。光陰矢の如しとはよく言ったもので僕も二回生の終盤に差し掛かったところである。あの日からサークル内はどこかギクシャクしてしまって、申し訳ない気持ちになって、ついには忘年会を欠席する連絡までしてしまった僕はバカだ。どうしてこうなってしまったのだろう。僕があの、後輩の三好琴里をフってしまったのがいけなかったのだろうか。
冬風は僕に優しかった。水瓶から『なんで忘年会来ないんだよ』ってラインが入って、どうにもむしゃくしゃした気分になって、赤く染まった寒空の下に飛び出してきてしまった。『僕がいると皆ギクシャクしちゃうだろ』『そんなことないって。ってかなんだよその悲劇のヒロイン気取り。やめろよ』『そんなことしてねえよ』……話は平行線を辿った。
こんな状況を白鳥先輩はどう思っているのだろうか。また、あの喫茶店で話し合いたい……と。
まただ、最近何かにつけて先輩に会おうとしている自分が嫌になる。新しい服を買ったら先輩はお洒落って思ってくれるかな、フル単だったら先輩は褒めてくれるかな、でも、そんなことを考えているときは気恥ずかしくもあり、少し楽しかったり、嬉しかったりするのだ。
端的に言えば、これが好きになるということなのだと思う。けれど琴里をフった手前違う人に、しかも同じサークル内の先輩に告白するのもそれはそれで気が引けてしまって、どうしようもない。
夕暮れに一人、あてどなく彷徨いながら、顔の火照りを冷ます。そんな様子を悟られないよう平静を装って水瓶に返信。相変わらず平行線の会話に興じる。どんだけ僕に忘年会来てほしかったんだよコイツ、などと思っていた……突如として起爆剤が投げ込まれる、水瓶の手によって。
『そういえば先輩、バイト先で倒れたらしい』
何かの冗談か、とも思ったが、夏頃、貧血を訴えていた先輩のことだからありえなくもないのだろう。
『まじか』『まじまじ。今点滴終わって家に帰ってきたってよ』
心配だ。他でもない白鳥先輩だからこそ、尚更心配だ。それはもう、頭が沸騰しそうなくらいに。できるだけ冷静に『そうか』とだけ返しておく。先輩の家は学校近くのアパートだ。お見舞いに行こうと思えば行ける。これが重病なら却って病状を悪化させてしまうかもしれないが、貧血ならば僕のような人間でもお見舞いくらいは許されるだろう。いやしかし、先輩にとっては迷惑ではないだろうか。スマホを取り出し先輩に『大丈夫ですか』と送っておくだけに止めよう、と、そんなときに水瓶から返信が。
『同じ花火は、二度と上がらないんだぜ』
……これは僕の背中を押してくれているのだろうか。いや、そうだとしたら人が苦しんでいる様を花火呼ばわりってなんて失礼なやつなんだコイツは。
でも、その、水瓶にしてはやけにキザったらしい一言に、僕の足が学校方面に向いたのも事実だ。コンビニでなにか買って、先輩の家に行こう。
もう大丈夫なのに~なんて上機嫌で迎え入れてくれた先輩の顔色は、やっぱりいつもより青ざめている気がした。ベランダ越しに黒く、曇天が見える。先輩のベッドの布団は波打っていて、今まで彼女が寝転んでいた証拠だ。やっぱり迷惑だったろうか。
「ありがとう。コーヒー淹れるからちょっと待ってね」
「駄目ですって! スポドリ買ってきたんでそれ飲んでゆっくり寝てください。僕はすぐ帰るんで」
「えー、お話したかったなあ」
またそんな、後ろ髪引かれるようなことを。それでも、先輩の顔を見られて僕は不謹慎にも満足してしまった。それにきっと、先輩と話したとして、僕と琴里の間にあった出来事には足を踏み入れては来ないだろうな。気遣いが嬉しい反面、僕に対する興味が薄いような気がして少し残念でもある。
テーブルの前であぐらをかき、ゆらゆら揺れている先輩の後姿は、なぜだかとても愛しいもののように感じた。感じてしまった僕を恥じた。マグカップにスポドリをお湯で割って先輩に手渡すと、僕はさっさと帰る支度を始める。
「本当に帰っちゃうの?」
「帰ります。邪魔になるといけないので」
「なんでー大丈夫だってばーほら、倒れたあとってなんだか心細いじゃない?」
それはたしかに。母親も言っていた。じゃあお言葉に甘えてーなんて僕もどこかに腰を下ろそうとウロウロしていると、ぴろりんりんと先輩のスマホがなった。よっこいせ。先輩からなるべく離れたところに座ったのと同時に。
「やっぱり帰ってもらったほうがいいかも」先輩に遮られた。「人が来るの」
「彼氏ですか?」
それにはさすがに先輩も苦笑いして「彼氏なんているわけないじゃん。もっと違う人」
「先輩、いろんな人にお見舞い来てもらって人気者ですね」「まあねー」
「本当に彼氏じゃないんですか?」「だから違うって。何? 妬いた?」
「そっ、そんなわけないじゃないですか!」「……だよね!」
「彼氏作らないんですか?」「作る作らないの話じゃなくて、私が好きになった人は、私の彼氏になりたいって言ってくれないだけ」
「先輩がどう思っていようと、僕は先輩の彼氏になりたいですけどね。ははー」
何言ってんだろ僕!
ああー勢いに任せて大変なこと言ってしまった。見よ、この先輩の顔を。ぐるぐる目を回して真っ赤になって、手なんかわなわな震えて、すったもんだだ。でも、ここまで来てしまったら僕だって退けない。
「好きなんです。白鳥先輩のこと」
「い、いや、私、ちょっと」
数秒取り乱していた先輩だったが、そこはさすがに白鳥 文といったところで、暫くするとすっかり冷静さを取り戻した。次に彼女の口が開かれた瞬間、僕の恋の、一つの結末を知るのだ。
答えを待つ時間は永遠のようにも感じられた。だけれどさすがに、永遠にも終わりはあった。
「ごめん。春輝くんとは、付き合えない」
*
もうすぐ琴里ちゃんがお見舞いにやってくる。それまでには、一滴ばかり涙を流しておきたい。好きな人に告白された。でも、私は付き合っていい立場にはない。サークル部長として、皆に対して平等であるべきなのだ。琴里ちゃんが未だに春輝くんのことを好きなことは明らかだ。そんな状況で、私は付き合ってはいけない。また、皆バラバラになってしまうのなんて見たくない。
ピンポーン。
結局私は泣かなかった。強い。
「先輩! 大丈夫ですか?」
「もう全然平気平気! よかったら上がってってよ」
「いやいやそんな……私スポーツドリンク買ってきたんで。って、あれ」
しまった。心臓が跳ね上がる。その音は多分、彼女にも伝わっただろう。
「……もしかして鷲尾せんぱい来てました?」
「あ、あはー。さっきまでね」
玄関先からでも見えてしまったようだ。先ほど春輝くんが買ってきてくれたスポーツドリンクとか食糧の類。
「そうなんですか。で、何かありました?」
「い、いや何もなかったよ」
「でも先輩泣いてましたよね?」
視線を逸らしていたから、そんなことにも気付かれていることにも、気付かなかった。琴里ちゃんは、まっすぐこちらを見据えている。喜ぶでもなく、悲しむでもなく、私を見ようとして、私を見ていた。
「白鳥先輩、鷲尾せんぱいのこと好きですよね」
「……」気圧された私は黙って頷いた。
「もし、仮にですよ? せんぱいが私のこと気遣って、鷲尾せんぱいと付き合えないって言うなら、有難迷惑です。はっきり言って、わたしのことナメてます」
「それってどういう……」
「わたしは、今でも鷲尾せんぱいが好きです。だから、何度だって立ち上がって見せます。たかが一度、白鳥せんぱいに取られたくらい、何だって言うんですか? 私これでも、ずっとずーっと前から鷲尾せんぱいのこと好きなんです。何度だって奪い返してやりますよ」
目に涙を湛えて強がる彼女に、果たして私は勝ち続けることができるのだろうか。春輝くんを守り通すことができるのだろうか。少なくとも、今回ばかりは私の負けだ。また同じ過ちを繰り返すところだった。
「……琴里ちゃん、私、春輝くんを探してくる」
*
「えっ?」
部屋の鍵もかけずに飛び出していく先輩の後姿を見て「まだまだ青いなあ」なんて思っちゃうあたりきっと私もまだまだ青い。そういえば白鳥先輩、テーブルの上にスマホ置きっぱなしだったような……。
「……それってちょっと、まずくない?」
老婆心さながらに、私は鷲尾先輩に『白鳥先輩家飛び出して行っちゃったんですけど!』と送っておく。あとは若い二人でやっとくれーってね。ちょっとわざとらしかったかな。
と。スマホをポケットにしまおうとして落としてしまった。拾おうと屈んだとき、ポタポタと床に雫が落ちた。雨かな、と思ったけれど、それはやっぱり私の涙で、胸が苦しくなった。こんなときどうすればいいんだっけと夜空を見上げたら、ちらちらと白い粒が。
「あっ」
*
「雪だ」
僕は走った。わけも分からず飛び出して行った白鳥先輩を、病み上がりの白鳥先輩を、失恋相手を探すために。暗い暗い夜道、街灯とそれに反射する雪だけを頼りに走る。こんなの、ドラマか映画か漫画でしか見たことない。ヒロインを探しに走り回って、きっとそれは馴染みの深いところで、僕はもう一度好きだと伝えなければならないはずだ。いやでも、既にフられている場合どうなるのだろう。駄目ですよ! 家に帰りますよ! と叱りつければ良いのだろうか。んなアホな。
僕はサークルの歴史を辿った。部室、もぬけの殻。共通の登校路、今日に限ってカップルばかり。星を観に行った山、急ぎ足で登り切ったけれど。
「ここにもいない……」
時計を見ると夜九時。スマホに通知は……だめだ、来ていない。走って山を下りる。花火大会の会場は雪が積もり始めていた。ここで先輩と一緒に、花火を観たんだった。綺麗だった。よく考えればその頃からもう僕は白鳥先輩を好きになり始めていたんだと思う。どうしてもっと早く好きにならなかったんだろう。どうして好きになってしまったんだろう。いや、それが分かったら恋愛なんて皆しない。好きで好きでどうしようもなくて、僕みたいに走っちゃうから、人は付き合ったり別れたりするんだろう。なるほど恋に落ちるとはこういうものなのだ。這い上がれるわけがない。
必死になって、町内を駆けずり回った挙句、自分の家まで戻ってきてしまった。
結局、これはドラマでも映画でもなく、ただの現実なのだ。ドラマチックに思い出の場所で見つけるなんてことはあり得るはずもなく、僕は棒のような足を引きずって、運命の強制力をただただ呪った。きっと、僕が素顔で白鳥先輩と話せるのは今日だけだったろう。最後のチャンスをふいにしてしまった僕に、水瓶の言葉が刺さる。同じ花火は二度と上がらない……。
どうせフられるなら、この気持ちを全部吐き出してしまいたかった。ずっと這い上がれないなら諦める勇気が欲しかった。もう使いものにならなくなった足をさすって、玄関のドアを開けるのを躊躇する。本当にこれでいいのだろうか。独りよがりに探し回って、独りよがりに諦めて。でも、先輩は僕のことなんて何とも……。
「私も好きだよ」
背後から白鳥先輩の声がして、僕の体にぐるりと腕が巻きついた。
白鳥文ルート ハッピーエンド
完
白鳥文ルート2
「さて、今日は夏休み最後の活動ね。皆、準備はできた?」
どことなくスッキリとしていて、いつになくしっかりとした先輩の声に、僕ら三人は頷く。そう、今日は星を見る会の久しぶりの活動にして、先輩の言う通り夏休み最後の活動なのだ。
遡ること約一週間前、僕は先輩の作ったこのサークルについて、過去にあったことを聞いた。
そして、水瓶と琴里にも伝えた。
どうしても僕は、先輩に先輩の理想とするサークル活動をしてほしかった。だからこそ僕は二人にも伝え、協力を願ったのだ。
「白鳥先輩、すごくいい顔をしてますね……かっこいい……」
「俺らに出来ることなんて少ないけど、力になれたんじゃないかな」
二人がそう話しているのを聞いて、僕は少し目頭が熱くなった。先輩は、これまで独りで頑張ってきたんだ。それが報われなくていいはずがない。僕はそう思っている。
「見える? あれが夏の大三角。はくちょう座のデネブと、こと座のベガ、それからわし座のアルタイル。ちょうど九月だから天頂に来ていて、灯りが少ないから天の川も見えるの。それから……」
先輩がレクチャーをするように、僕らに星の知識を説明する。彼女も琴里も水瓶も、それらを見て大層きれいだと漏らす。だが僕は、それらの星より綺麗で、力強く輝く地上の星が目の前にいることを知っている。
白鳥文こそ、僕のなかにある一等星に違いないのだ。
「皆に、言わなきゃならないことがあるの」
先輩が改まって僕たちを見つめる。
「……本当にありがとう。皆がいなかったら、私はきっと、挫けてしまっていた」
「そんな……気にすることないっすよ」
「そうですって! これも先輩の人徳です!」
僕は何も言わず、ただ彼女を見つめた。彼女も僕を見つめ返している。信頼で結ばれているこの瞬間が、一生続けばと思うほどに愛おしかった。
白鳥文ルート ノーマルエンド
完
白鳥文ルート3
母がいつも頑張ってくれていることは知っていたし、父もそうだ。アルバイトをするようになってから働くことの楽しさや辛さも少しは分かれた気がする。だから、そのストレスを家ではき出してしまうのも仕方ない……んだよね。父が些細なことで母に当たって、その度に母が精神的に追い詰められていく姿は見ていて酷く嫌な気分になる。うちはいわゆる亭主関白で、父親が怒鳴ったりしても誰も逆らえないし逆らわない、いつの間にかそれが当たり前になっていた。だから私はいつもどこかで男性のことを酷い人、怖い人と思ってしまう。そして、私はあんな風にならないように、誰にでも、どんなときでも優しく接しようと心がけてきた、つもりだった。それが初めて崩れたのは天体観測サークルができてちょうど一年経ったぐらいのことだ。その日の何日か前に母親が倒れて入院することになり、正直全く余裕がなくて、今から思えば気が立ってしまっていた。その日もいつも通り活動があったのだけど、参加者が私を含めて三人しか集まらなかった。当時は全員で十五人いたのにみんなの都合も考えて活動日を設定したのに、この参加率の低さに、まるでサークルには友達と騒ぐために来ているだけで、天体観測なんて興味ないと言われている気がして、いらついて、むかついて、その日の活動をなしにして、グループラインで好き勝手に文句をまくし立ててしまった。本当にいろいろ書いた。活動する気あるのかとか、遊びたいだけならよそでやれとか。きっとそれだけが原因じゃないんだろうけど、 もう取り返しがつかなかった。その日以降、天体観測サークルの部員は私一人となった。
早いもので、夏が終わり秋も過ぎ、気づけば冬半ばとなっていた。恥ずかしながら割と単位を落としてしまった僕は、なんとか遅れを取り戻そうと、講義時間外にも十分に時間を取って勉強することにした。そのせいでどうしてもサークル活動への参加は少なくなってしまったけれど、みんなにちゃんと理由は説明したし、できる限り参加するようにしていたから問題はない、と思っていた。その時から、サークルへの興味は薄れ始めていたのかもしれない。
ある講義で、自分の興味のあることについてレポートにまとめて提出するという課題があった。話を聞く限りでは、そんなに堅苦しいものである必要はなくて、気楽に書いてくれれば良いというようなものだった。今までのレポート作成はその内容に関係する文献を読んで、必要なところを抽出し、それに自分の意見も添えるというやり方を取っていたので、自分の考えだけで何かを書くと言うことをしたことは大学に入ってから、一度もなかったように思える。なかなか思いつかなくて、これ以上時間をかけるのもどうかと思ったので、別の講義での資料集めのついでに、図書館で適当に小説を借りてそれについて書こうと決めた。
普段、資料集めの場としてしか利用していなかったので、そういう小説がどこにあるのか分からなかった。特になにか名前を知っているものがあるわけではないし、カウンターになにか面白い小説ってありませんか、と聞くのも恥ずかしくて地道に探し続けた。捜し物はわりとすぐに見つかった。図書館に入ってすぐのところに、今人気の作品というコーナーがあった。それに気づかなかったのは、今まで全くそういうものを見ようとしなかったことの証明だろう。とりあえず、目に付いた一冊を手に取り、さっき取っておけば良かったと思いながら、資料を探しに来た道を戻っていった。
久しぶりのサークル活動も終わり、その後晩でも食べて返ろうかという話になったが、最近あまりバイトもできていなくてお金もあまりなかったし遠慮して、一人帰ることにした。
電車の中で、ふと借りた小説がずっと鞄の中に入ったままだということに気づいた。降りるまで数分しかなかったが、とりあえず読んでみることにした。
「もう終点ですよ、降りてください」
駅員に声をかけられて初めて、自分が電車に乗っていたことを思い出した。まるで小説の世界にいるような気持ちだった。自分としてではなくて、ただその物語の主人公とその周りを見るだけの傍観者として。
「お客さーん」
「ああ、ごめんなさい」
駅のホームに降りてすぐ近くの椅子に腰掛ける。帰りの電車の時間を調べないと、と思いながら、だけど、まずはこれを読み終えようと、ずっと持ったままだった本を開いた。
それからの生活は大きく変わったように思える。講義の間や通学時など、息抜きにゲームをしたり、簡単な暗記などをしていた時間を全て読書に費やすようになった。それ以外の時間の多くも、睡眠時間も削って読書をするようにもなった。ただ、そういう生活をしていると一つ問題が生じた。最初は、大学にある図書館の本を借りていたのだが、そこにはそういった本がほとんどなく、すぐに地元の図書館に頼るようになったのだが、読んでいくうちに好きな著者やシリーズものが出てきて、そういうものが全て図書館にあることはなかったので、どうしても自分で買う必要が出てきた。そうなってくると、お金がいる。ただでさえ勉強とサークルのために削ったバイト量ではろくに稼ぐことができない。だから、本当に本を買っていきたいのなら、なにかを削るしかない。勉強は、しないわけにはいかない、努力すれば絶対に取れるなんて甘いものじゃないからこそここまで力を入れてやっているわけで、そうなってくると、もう既に削ってもらっているサークルをもっと、はっきり言えば、やめるしかない。正直、前からその考えはあった、みんなと話すことは好きだし楽しいけど、サークル活動が楽しいかと言われると、はっきりとそうとは言えなかった。初めこそ興味はあったが、それは次第に薄れていった。今は読書が一番で、天体観測なんてどうでもいいとすら思うときがある。そう思ったからこそ僕は、冬期休暇前の最後の授業日である今日、先輩に話があるので午後七時から公園に来てほしい、と連絡した。すぐに了解のラインが返ってきた。公園を話す場所に決めたのは、ここが僕の知っている中で一番周りに迷惑をかけずに済むだろう場所だからだ。そこは住宅街からは離れていて、森のすぐ近くにあるような、本来、暗い時間帯に行くにはあまりよろしくない場所だ。でも、言い争ったとしても、偶然通りがかる人がいなければ誰にも迷惑をかけずに済む。どういう結果を自分が望んでいるのかも分からないままに、僕は約束の場所へ向かった。
久しぶりにきた公園は、酷く小さいように感じた。遊具が少ないとは子供の頃から思っていたが、それでも広い方だと思っていた。僕が大きくなったからだろうか。
とりあえず、入ってすぐのところにあるベンチに座り、先輩を待つ。空が曇っていたから、天気予報を確認したら九時には降水確率80%になっていた。折りたたみ傘を持っていたかと確認しようとしたときに、ラインがきた。先輩からだ。少し早いけどもう時間ができたから、今から言って良いかなというような内容だった。別に問題はなかったから大丈夫ですと連絡してスマホをしまった。
しばらくして、先輩がやってきた。
「ごめん、時間早めちゃって」
「全然良いですよ」
話しやすいように、隣に座ってもらう。
「それで、話ってなにかな」
呼び出しておいて何だが、なかなか切り出しにくい話だった。おそらく先輩も察してはいるとは思うが、僕の口から言わないと意味がないのだろう。
「サークルついて相談がしたくて」
少しぼかした言い方をした。
「そう、なんか悩み事でもあるの? 」
悩みと言えばそうなのだろうか。話が逸れてしまっているような気がする。結局言うことに変わりはないのだから、はっきりと言ってしまった方がいい。心の中で覚悟を決める。
「今日をもってサークルを辞めさせていただきたいと思います。」
先輩の顔を見てはっきりと言った。
「どうして? 」
先輩も見つめ返してくる。
「少し、思うところがありまして」
それから僕は、これまでのことを話し始めた。本についてレポートを書こうとしたこと、読んでみると引き込まれていったこと、それからどんどん読書に時間をかけていったこと、それに連れてサークル活動への関心が減っていったこと。
一段落付くまで、先輩は黙って聞いてくれた。
「正直、そこまで言うのなら、やめてもらってもいいとは思うんだけど、できれば残ってもらいたいと思っているから聞いてね」
先輩が話し始めた。
「今の話を聞く限り、春樹くんはサークルで活動する意味が分からなくて、他にしたいことが見つかったからそれに時間を回したいってことだよね」
「はい」
間違ってはいない。
「それじゃあ、君と一緒に入った二人のことは、どうするの? 」
自分のことばかり考えていて、そこまで考えられていなかった。けど、思っていることはある。
「二人には、このまま残ってもらいたいと思っています」
「なんで」
「先輩が卒業した後にも残って欲しいとは思っていますから」
これは本心だ、少なくとも前はサークル活動は充実していて楽しいようにも思えていたし、こういう場は、あった方がいいと思う。
「それって、無責任じゃない? 」
たしかに、二人の気持ちを度外視して、自分だけの思いで言っているところはある。しかし
「二人も、そう思ってくれているんじゃないかなって思ってます」
「本当に、あなたは彼らを、私たちを見れてるの? 」
「はい」
「それはあなたの過信よ」
先輩は言い切った、これには少しカチンときた。
「現に、私の母さんが入院していることなんて気付く素振りもなかったじゃない」
「そんなこと、これまで何回もあったことじゃないですか」
言ってからしまったと思った。感情でものを言いすぎた。
「あの、先ぱ……」
「あなたに」
冷静に、はっきりと話していた彼女は
「あなたに何がわかるのよ」
その時初めて、怒りを爆発させた。この後なにを言われたかは、はっきりと覚えていない。驚きが強すぎて、ずっと唖然としていた。ただ、去り際に言った一言だけ覚えている。それだけで、もう二度と彼女と話すことはないのだろうと理解できた。頬に何か当たった、それは雨粒だった。空は暗雲に包まれていて、少しずつ激しさは増していき、気づけばたたきつけるような豪雨となっていた。
「……帰るか」
折りたたみ傘を持っていたはずだが、億劫だからそのまま帰ることにした。
家に帰ったとき、父の靴があった。ただでさえ気が滅入ってるのに、父親とも会わないといけないのか。母とのやりとりも何度か見ているので、あまりいい印象も持っていないし、好きでもない。廊下の突き当たりに階段があって、そこに行くまでにリビングがある。どうせ父はそこでテレビを見ているのだろう。できれば無視したいが、そのまま行ったら部屋まで文句を付けに来るに違いない。仕方なく、リビングに入り
「……ただいま」
「おかえり」
こちらを向くこともせず、それだけ言ってテレビを見ている。机には作り置きされた晩ご飯があったが、今は食べる気になれなかったから、水だけ飲んで、自分の部屋に向かった。そこで、先ほどのことを思い出そうとした。明らかに言い過ぎた、彼は別に間違ったことを言っていたわけじゃない、これじゃああの時と同じだ。感情的になって、全て台無しにしてしまったあの時と。
「まだ、間に合うかもしれない」
棒にかけたコートを着直し、急いで下へ降りる。
「父さん、少し出てくる」
一言だけ声をかけると
「今からか? なにがあるんだ」
さっきとは違い、振り向いて、こちらを見ながら聞いてくる。
「友達に謝らないといけないことがあるの」
「今からじゃないと駄目なのことなのか? 」
「うん」
そう、今すぐじゃないと駄目だ。少しでも早く。
「行ってきます」
「おい、待て、まだ……」
父の問いかけは無視し、家を出る。外は真っ暗で、街灯と家の灯りがぼんやりと周囲を照らしている。帰ってきたくらいに降り始めた雨は、まだ止む兆しはない。傘をさすこともなく彼の家を目指して走り始めた。
この雨の中で赤信号に待たされるのは辛いが、彼に会うまでに事故に遭ってしまってはどうしようもないから、ちゃんと待つ。青信号に変わった瞬間に走り出した。すぐ近くでキキーッという音が聞こえた。振り返ると、眩い光に包まれて、衝撃を受けたと思った瞬間に、私の意識はどこかへ飛んでいった。
先輩の葬式は昨日行われた。僕にも連絡は来ていたが、適当な理由を付けて断った。水瓶と琴里は出たらしい。そして今日、僕は水瓶に呼び出されて、あの日先輩と話した公園に一人で待っている。淡々と、息継ぎも、抑揚もなく、水瓶は僕に罵倒の言葉を投げた。投げかけられた言葉の内容は覚えていない。
帰り道で、偶然琴里と会った。
「せんぱい、どうしたんですか! 」
すごく驚かれてしまった。そんなに酷い顔をしているのだろうか。
「すこし、転んじゃって」
明らかに分かる嘘だが、詮索をされたくはなかった。
「ここでなにしてるの? 」
ごまかすように話を変える。
「せんぱい、辛かったですよね、大切な人を失って」
そう……なんだろうか。僕の中で彼女がどれくらい大きく僕の中にいたのかは分からない。
「きっと代わりには慣れないと思います。でも、せんぱいを支えたいです」
白鳥文ルート バッドエン 完
???ルート
夏休みももうすぐ終わる頃になって約束していた天体観測の日がやってきた。家や大学から少し離れた田舎のそこまで高くない山に昼から登ってセッティングを終え、今はようやく夕食を終えたところだ。二つの向かい合ったテントの間の簡易かまどの火を囲んで三人の顔が照らし出されている。西の空に陽が沈み、東の空には少しずつ星が瞬き始めている。
「そろそろ火を消しましょうか」
「了解です。僕たちでやっておくので、先輩と琴里は荷物の準備をお願い、します」
「わかったわ」
先輩の指示に従って僕は薪を崩していく。苦労して大きくした火を消してしまうのは勿体無く思えるけれど仕方がない。水瓶がかまどの隣に用意しておいたバケツを手にとって僕が起こした火を丁寧に消していく。崩された薪に燻っていた火種が少しずつ確実に消えていった。
白鳥先輩と琴里は女性用テントに入って四人共有の望遠鏡や記録用紙を準備している。
「いろいろ迷惑かけて悪かった」
「……」
僕は火の消えた薪を一箇所にまとめながら灰を集めている水瓶に小さな声で謝った。水瓶は何も答えない。
この夏に起こったいろいろなことについて僕に責任がなかったとは言えない。僕の力が及ばないことだったとしてもいくらでも他にもっと良い方法があったと思う。でも、こうなった。僕は二人の気持ちに返答することも報いることもできなかった。
「僕は結局何もできなかった」
「いや、そんなことないだろ。少なくともプレッシャーに負けて安易な選択はしなかった。良くはなくても、最悪じゃない」
「それはつまり悪いってことじゃないか? 」
「あるいはプラマイゼロかも」
気遣われている立場としてはこう言うべきではないだろうけれど水瓶でも人を気遣えるのかと感心してしまった。初夏の頃はただのお調子者だと思っていたけれどこの二ヶ月で他の人を気遣うことに関して水瓶には敵わないと思わされた。夏期休暇の間、この四人の関係をなんとか保って来れたのは水瓶が白鳥先輩と琴里にフォローを入れてくれていたかららしい。
「それに鷲尾にとってはプラマイゼロでも俺にとっては最良の結果だと思う。お前が二人のどちらかを選んでいたら今この関係はなかっただろうし、それに……」
「ありがとう。でももう大丈夫。これ以上励まされたら情けなさでお前に合わせる顔がなくなるよ」
「そーか、なら良かった。じゃあ俺、自分の荷物取ってくるわ」
水瓶も面と向かって礼を言われたのは恥ずかしかったようで、立ち上がってテントに自分の荷物を取りに行った。僕も荷物を取りに行きたいけれど今、水瓶と顔をあわせるのは恥ずかしい。
「鷲尾せんぱい、水瓶せんぱい、準備完了です!」
一人で灰に線を引いて暇を潰しているとリュックを背負った琴里が僕と水瓶を呼びに来た。
「あれ、水瓶せんぱいは? 」
「テントに自分の荷物を取りに行ったよ」
「ほー、ここにはせんぱいしかいない、と」
僕は無言で頷いた。他に誰がいるはずもない。
「せんぱい、一つお願いがあるんですけど、いいですか?」
「お願いによるけれど……」
琴里は何かの運転手のように四方を確認して少し、僕の方へ近づいてそう尋ねた。僕は琴里らしくもない艶っぽさに驚いて、若干身を引きながら曖昧に頷く。
「今度、わたしと二人で星を見に行きませんにゃっっ!? 」
琴里はそんな僕にさらに近づいて囁いた。が、そこで背後から伸びてきた手に背を撫で上げられて悲鳴を上げる。
「琴里―。二人を呼んできてってお願いしたはずよねー」
「し、白鳥先輩! い、いえ、これはその」
琴里はしどろもどろになりながら明後日の方向に顔を向ける。白鳥先輩はしばらくそんな琴里をジト目で見つめていたが、急に笑顔になってこっちを向いた。ものすごく楽しそうな笑顔なのだけれど、正直、今はその笑顔が怖い。
「春樹クーン?」
「ハイ」
「さっきのお話なのだけれど、私もご一緒したいかなーって」
「も、もちろんです先輩!」
「せんぱい?」
今度は琴里のジト目が僕に突き刺さるけれどあんまり怖くない。目下最大の脅威は白鳥先輩である。
「今度も四人で行きましょう! そしてまだ今回の天体観測は終わってないよ」
いつのまにか戻ってきていた水瓶が少し声を張って白鳥先輩と琴里を止めに入った。
「お前は自分の荷物を取りに行ってきてくれ。先輩、琴里ちゃん、お話があります」
僕は水瓶にこの場を任せてテントへ向かうことにした。天体観測に必要な荷物を順次小さなリュックに詰めていく。後ろから「協定」やら「平等」やら「遵守」やら「平和に」という言葉が聞こえてくる。どうやら水瓶の話は通年の授業の課題になっていた国際法のレポートのことらしい。荷物を詰め終わってテントを出ると三人はすでに出発の準備を終えていた。
僕がサークル所有の望遠鏡を、水瓶が白鳥先輩の望遠鏡を持って山道を進む。山頂のひらけた場所が今回の観測場所で、キャンプから琴里を気遣ったペースでも十分とかからない位置にある。
気づけば慣れている白鳥先輩とペースを作る琴里が前を、僕と水瓶が後ろを歩いた。白鳥先輩は何度も慣れない山道に苦戦している琴里をフォローして、ペースに気を配っている。琴里は先輩に助けられながらもしっかりとしたペースで歩き続けている。いつかのように僕には二人が仲のいい姉妹に見えた。ふと隣を見ると水瓶も二人に目を向けている。
少しずつ光が乏しくなってきて、その上、道の両脇の木々が星の光を遮っているため、懐中電灯の明かり以外に光るものは見えない。今夜は新月だ。
「仲良いな」
しばらくして、水瓶が前の二人を見ながらそう言った。
「……水瓶のおかげだ」
「お前のおかげでもある」
それは違う。僕はただ優柔不断で、選択を先に延ばしただけだ。けれど、
「サークルとしては今まで通りのこの結果が一番良かったのかもしれないと思うことにする。結果論だけど」
「今まで通りではないだろ。生まれ変わって、より面白い場所になったと思う。苦労も絶えないけどな。これは慰めというよりもお礼だから」
水瓶は苦笑いしながらそう言う。どういたしましてとは口が裂けても言えないけれど、ありがとう、も言わなかった。
「それで結局、お前はどっちに気があるんだ?」
「白鳥先輩も、琴里も、同じくらいに好きだよ。それを誇れるなんて思わないし、むしろ責められるべきことだと思う。でも、後悔はしないようにしようと思うんだ」
「そーか。鷲尾は二人とも大好きなのかー」
水瓶がバカみたいな顔をして大きな声でそう言った。慌てて口を塞ごうとしたが、抵抗むなしくその声は前の二人に聞こえてしまったようだった。
『はぁー』
白鳥先輩と琴里は足を止めて顔を見合わせて大きくため息をつき、すぐにまた歩き始める。こちらを見てニヤニヤ笑う水瓶に僕はしっかりとお礼を返した。
木々が徐々にまばらになって、ついに視界が開ける。白鳥先輩も琴里も水瓶も僕も美しい星空を見上げて歩みを止めていた。数多の光が夜空を彩っている。天の川の中により一層の輝きを見せる三つの星が夜空の頂から僕たちを見下ろしていた。
親友エンド
完
三好琴里ルート3
僕はどうするべきだったんだろう。今でも後悔ばかりが募る。
それは夏休み最後の天体観測でのことだった。何度か登ったことのある山だったので油断していたと言ってもいい。
観測のあと、こっそりと白鳥先輩に呼ばれて二人きりとなった。勘違いでなければ、琴里と白鳥先輩は僕にそれなりの好意を持っているようであった。僕は優柔不断で、どちらか一人、と決めることはできなかった。もし告白されたら考えよう、などと軽い気持ちだった。ふらふらしていると言われても仕方がない。
星が見える夜の中、先輩は口を開こうとした。しかし突然、ざっと土を踏む音が聞こえる。振り返ると木に隠れ僕らを見ている琴里がいた。表情まではわからない。目が合うと琴里はその場を逃げ出し、僕は咄嗟に追いかけた。
しばらくすると土砂崩れのような音が響いた。慌てて音のほうへ駆けつけると、崩れた坂と倒れて意識を失った琴里がいる。琴里の足首は赤黒く腫れ上がっていた。
そうして琴里は歩行が困難になり、長期入院となったらしい。琴里の両親から、もう娘の前に現れないでくれと言われた。確かに僕には琴里に会う資格なんてない。謝ることができなかったのが心残りだったが、それから琴里と会うことはなかった。
あの時琴里が何を思っていたのか、文は何を言おうとしていたか。僕にはもうわからない。
僕は星を見る会を辞めた。どうしても琴里の面影を探してしまうから。文と顔を合わせることも辛かった。
白鳥先輩はそれからも活動を必死に行い、今は水瓶が部長だそうだ。水瓶にたまに会うと、戻ってこないかとそれとなく誘われる。しかしもう僕の青春は終わったのだ。今は空虚な毎日を淡々と過ごしている。
そんなある日、偶然にも大学の近くで琴里と再会した。琴里は簡素な車いすに乗っていた。髪は首が見えるほどのショートカット。服はパーカーにシャツで、以前のかわいらしいものとは変わっている。これが琴里の素なんだろう、今更知っても意味などないが。
「お久しぶりですね、先輩」
一年ぶりに見る琴里は、落ち着き大人っぽく見える。しっぽを振るように懐いてくれたあの頃とはもう違う、と突きつけられるようだ。
「どうして見舞いに来てくれなかったんですか」
それは君の両親が、と言いかけて止める。こんなこと言い訳でしかない。結局のところ、僕は琴里の前に現れることが怖かっただけだ。
「来てくれたら、それだけでよかったのに」
琴里は恨めしそうに、寂しそうに呟く。それに僕は間違いを悟る。どれだけ詰られようが、罵倒され拒絶されようが、会いに行くべきだったのだ。それが僕にできる最後の誠意だったのに。
無理矢理つくったつぎはぎだらけの琴里の笑顔。こうして話しているだけで、僕は琴里を傷つけている。
「さよなら、先輩」
僕らはもう二度と会うことがないだろう。
暗い雲がかかり、もうすぐ雨が降る。空に星は見えない。
三好琴里ルート バッドエンド
完
三好琴里ルート2
真っ赤に染まる夕日が部室に残る二人を照らしていた。白い筈の壁は塗り替えられたように、その色を見失っていた。電気はついていないにも関わらず、何もかもがはっきりとみえるようであった。
後輩の琴里は窓から体の半分ほど空中に預けていた。そんな状態で「せんぱい!見て!見て!すっごいきれいですよ!」なんて言うもんだから笑ってしまう。
しかし、悠長に笑ってもいられない。急いで琴里を窓から引きはがす。お腹に手を回して強引に引っ張る。腕の筋肉を使わない長距離ランナーだった琴里の抵抗は思った以上にしぶとかった。数十秒格闘したのち、ようやく引きはがすことができた。
引きはがした後も腕の中でバタバタと腕と足を上下させて琴里は暴れた。腕が限界になり、話さざるを得ないと思った。
急に、琴里が動きを止めた。不思議に思ったが、筋肉の限界であったので、琴里を地面に下した。
下した後も、琴里は動かず、直立不動のままだった。不思議に思ったが、理由はすぐに分かった。音楽である。
ゆったりとしていて、懐かしい感じがした。しかし、どこか物悲しい音だった。作者はベートーヴェン。曲名は確か、「悲愴」だった気がする。
「きれいな曲」
横で琴里が呟いた。
先ほどまで窓にしゃがみつき、手足をジタバタさせていた人と同一人物とはとても思えなかった。
その夕日を受けた優しい横顔は年下のかわいい後輩という壁をぶち破るには十分に思われた。
「お前のこと、好きかもしれない」
スルスルと出た言葉は、理性が止める暇もなかった。
言葉にした途端、自分が何を言っているのかを理解した。おそらく、顔が真っ赤になっていることは自覚できた。
夕日に感謝したその時、壁が本来の白色を通り越して、黒色に変化し始めた。
「せんぱいのこと、わたしも好きです。大好きです。昔から、高校のときから大好きです。でも、今は付き合えません」
琴里の話している間、金縛りにでもあったかのように動くことができなかった。その代わり、目の前の後輩の言葉を受け止めようと思った。
「今、付き合ったら、わたしは白鳥先輩に嫉妬します。絶対します。だって、白鳥先輩の方が綺麗だし、頭いいし、かっこいいから…」
消え入りそうな声で琴里は離した。消え入りそうでも、必死に言葉をはき出そうとしていることが分かった。
「だから! だから、わたし、もっと綺麗になります!
もっと賢くなります!
もっと、かっこよくなります!
だから!
その時まで、待ってて、もらえませんか…」
はき出して、涙ながらに放ったその言葉は、強弱も不安定でとても聞き取りやすいものではなかった。
しかし、その言葉一つ一つが重く、重く、のしかかるようであった。
目の前の女の子は膝から崩れ落ち、顔を手で覆っていた。
依然、体は動かなかったが、全身に力を込めた。そして、右足を踏み出した。次は左足。そうして、女の子の前まで歩を進めた。
右手を差し出し、女の子を立ち上がらせた。その時、つかんだ女の子の手は、少し水分を含んでいた。
立ち上がった女の子は顔を伏せていた。
そして、握ったままの手を外そうとした。
しかし、それは許さなかった。手にどんどん力を入れた。自分の気持ちが偽りでないことを証明したくて。自分の本気の気持ちを伝えたくて。手加減はしながらも、元長距離ランナーの女の子が振りほどけないぐらいきつく握った。
女の子が抵抗をやめたとき、握り方を変えた。
二人の手のひらをくっつけ、相手の指の間に自分の指を入れ、折り曲げた。いわゆる、「恋人つなぎをした」
どのぐらいの時間そうやっていたかは、分からない。
かなりの時間、手を握り合ったあと、どちらともなく手を離した。
琴里が耳に顔を近づけ、小さな、小さな声で言った。
「今は、ここまでですか?」
「うん。いつまでも、待つ。それでいいか?」
「はい」
夕日は特に沈み、暗闇の中の二人は電気をつけようとはしなかった。
両方、顔が真っ赤なのはお互いに分かっていたが、それでも、電機はつけなかった。
少し悲しげな「悲愴」はいつの間にかその音色を響かせなくなっていた。
三好琴里ルート ノーマルエンド
完
三好琴里ルート1
夏休みはもうすぐ終わりを迎える。思い返せば、この夏は様々なことが起こった。花火大会や、星を見に行ったことはもちろんだが、この夏は、僕たち四人にとって、大きな変化が生まれたように思える。
僕と、水瓶と、白鳥先輩と、そして三好琴里。僕たちは、この夏が終わったとき、前のように他愛ない話で盛り上がって、たまに星を見に行く。そんな関係性に戻ることが出来るのだろうか。夏が終わりを迎えようとしているある日の夕方、自室のベッドに転がりながらそんなことばかりを延々と考えていた。
なぜ僕がこんなセンチメンタリズムに浸っているのか。それは間違いなく、三好琴里のせいだ。二年前の夏に出合った病室の少女。その正体が琴里であると気づいてしまったせいで、こんな考えに憑りつかれてしまったんだろう。
僕にとっての三好琴里とは、手のかかる後輩であったはずだ。いつも子犬のようにじゃれついてきて、でもうっとうしくはない、ただの友人の一人だった。それは、あの少女の正体が琴里だと気づいた今でも変わらない、そう考えていた。
しかし、いまの僕は、彼女が気になって仕方がないし、彼女にはっきりと惹かれている。しかし、別にそれは三好琴里があの少女だったからではない。彼女から感じていた好意の正体に気付いたからでもない。それらは確かに重要な切っ掛けの一つではあったが、彼女に惹かれている理由は、僕が元から彼女を好きだっただけ、それに尽きるのだろう。今までは自分自身ですら理解できていなかった感情の正体に気が付いてしまった。それだけのことだ、たぶん。
ふと握っていた携帯電話に目を落とした。SNSに連絡が入っている。送り主は琴里だった。たった一文だけの短い言葉に目を通す。
「今夜、あの公園で待っています」
飛び起きた僕は窓の外を眺めた。いつの間にか、夕日は沈みかけていた。僕は足早に靴に足をつっこむと、家を飛び出した。
例の病院と公園は家から徒歩二十分程度の距離にあった。その距離を僕は駆ける。走って走って走って、そういえばこんなに走ったことなんていつぶりだろうか。久しぶりのハードな運動に肺が痛い、足が痛い、心臓が痛い。酸素を肺いっぱいに吸い込むと、ぬるくて吐き気がした。足がもつれてよろけながらも、どうにか公園に転がり込んだ。
そう広くない園内の入口に近いベンチにちらっと彼女の姿が見えたが、とてもじゃないが顔を上げられない。今の顔を見せたら百年の恋すら醒めそうなほどひどい顔をしている自信がある。
「だ、大丈夫ですか、せんぱい?」
「だ、だいじょうぶ」
「ぜんぜん大丈夫に聞こえないですよ」
こいつ、男の子の意地ってやつを知らないんだ。僕は近くにあったブランコに座って、息を整える。だいたい、なんで僕がこんなに走ったかわかってるのか。この辺りは比較的治安は大丈夫だけど、夜中に女の子ひとりにはさせられないと思ってだな。
「そんなに心配してたんですか、わたしのこと」
「当たり前だろ、そんなの」
後半部分が声に出ていたことに気付いてももう遅かった。なので開き直ることにした。整ってきた肺と声帯で必死に言葉を作って顔をあげた。そこでようやく気が付いた。
「あ、気が付きましたせんぱい? イメチェンですよ」
「髪、切ったのか」
「……はい。 こんなに短くしたの久しぶりです。 二年ぶりかな」
琴里は髪を短くしていた。首元にかからないくらいのショートカット。二年前と同じだった。女子が髪を切る理由を、僕は良く知らなかった。
「それで、どうして僕を呼び出したんだ?」
「あ、そうでしたそうでした。 用事というのも、込み入ったお話がありまして」
僕の横のブランコに座った琴里は、居住まいを正してこちらを見た。心なしか頬が赤い気がする。元々血色の良い子ではあるが、街灯の微かな光でも見て取れるほどだ。膝の上に置かれた握りこぶしが震えている。視線は僕とその周りを行ったり来たりと落ち着きがない。明らかに緊張している。かなりレアな表情だった。僕は彼女の意図がつかみきれず、おろおろとするばかりだった。
「せんぱいって、やっぱりにぶいですよね」
「え、いきなりどうした」
そこまで言うと、琴里ははっと立ち上がった。そして、僕の前に立つ。座った僕と彼女の目線だと、少しだけ彼女を見上げる形になる。琴里は僕より高い目線になったことで精神的に余裕が出来たのか、ためらいを振り切ったように声を張り上げた。
「わたし、せんぱいのことすきです! だいすき!」
彼女は僕の返答も聞かずに、ぐっと身体を前に突き出した。彼女は僕の目の前に立っていて、僕より少し高い目線で、そんな体勢でそんなことをすれば、そうして起こることは必然だった。
触れたのはほんの一瞬だったはずだ。けれど、僕はその一瞬から現実に立ち返るために数秒間必要だった。
「お返事お待ちしてます! 明日とか、明後日でもいいです! でもぜったい返事してください! あ、で携帯とかはいやです! 会って返事してください!」
彼女はそれだけ言って、脱兎のごとく逃げ出した。と言っても、走れない彼女は勢いだけで、スピードは相変わらず歩くのと変わらない。その背中を見送りながら、僕は明日、彼女をどうやって仕返しするかを考えていた。
やはり、この夏で、僕たちの関係は変わるだろう。きっと前のままではいられない。けれど、そんなに悪くない日常が続いていくのだろう。だって、僕と彼女のこれからは、明るいに決まっているのだから。
三好琴里ルート ハッピーエンド
完