色のない香り
雪代
冷たい風が頬を撫でる。北風が運んできた冬はここに腰を下ろして、最近はカイロが必須になってしまっ
た。
冷えた鼻を隠すように、マフラーを引っ張って覆う。耳は氷で包まれているみたいで、冷たいというよりもは
や痛い。
カイロで暖をとっていれば、沢山の足音や話し声の音を掻き分けるように、一際騒がしい足音が聞こえた。
「ごめん! 寒かったよね!」
バタバタと駆け寄りながら謝る彼女に私は笑って首を振る。確かに寒かったけど、彼女を待つ時間は苦痛
じゃない。
きっと困ったような表情をしているんだろう。「本当に大丈夫だから」と告げれば、彼女は嬉しそうな、安心し
たような声で良かったと言った。
私と彼女の誕生日プレゼントを買いに行く日。私は彼女の右腕を掴んで、クリスマス色に染まった商店街へ
足を運んだ。
「うわ、やっぱ多いなー」
人混みが苦手な彼女は嫌そうに呟くが、それ以上は何も言わずに、楽しそうに進んでいく。彼女の言う通
り、人はすごく多い。先程から色んな人とぶつかっている。
彼女がいなかったらこの人混みは歩けないくらいだ。
「どこのお店にしようか」
「あ、じゃあこの前教えてくれたとこ行きたい」
前に彼女から教えてもらったお店の名前を挙げれば、彼女は嬉しそうな声でりょうかい、と言った。
手を引かれるまま、彼女に着いて行く。ここだよと言われるのとほとんど同時に、色んな匂いが鼻腔をくす
ぐった。
「香水専門店なんだって。初めて見たから気になって」
店内は混んではいなかった。女性客が多くて、悩む声がよく聞こえる。
二人で色々なテスターの匂いを嗅いで、遠くで鐘の音が鳴る頃にようやく決まった。細かい模様が刻まれた
瓶の香水。瓶の表面を指でなぞると、ぼこぼことしている。
「桜かな、これ。香りとおそろい」
隣で同じように瓶の模様が何かを考えていたのか、彼女がそう呟いた。私には分からない。
彼女は少し待っててと言い残して、おそらく店内に戻った。一人じゃ動くに動けない。私は香水を鞄にしまっ
て、彼女を待つ。あの子のことだ、すぐに戻ってくる。
一歩も動かずに彼女を待っていれば、一分ほどで彼女は戻ってきた。店員さんに聞いてきたらしい。
「これが花びらで、ここが枝。このふっくらしてるのが蕾で……」
彼女は自分の香水を私に握らせて、説明をしてくれる。私の手を握って触らせながら説明を続ける彼女の
おかげで、少しだけ瓶の模様が分かった。
私は教えてもらったところをなぞりながら覚える。花びら、枝、蕾。さっき嗅いだ桜の香りを思い出しながら、
模様をなぞる。
彼女は黙って隣で待ってくれていた。
彼女に香水を返して、二人で帰り道を歩く。色を知らない私に、彼女は音や匂いで香水の説明をしてくれ
た。
甘いイチゴの匂いやスイーツの匂いのような淡い色。暖かい日に聞こえる楽器の音のような透き通った色。
知らない色を想像しながら、彼女と帰る道はいつもより短く感じた。
「またね」
「うん、また」
手を握っていつもの別れの挨拶をして、私は家に入る。扉越しに、彼女が走っていく音が聞こえた。
「ただいま」
あまり大きな声は出していないけど、お母さんはすぐにおかえりと返してくれた。香水を鞄から取り出しなが
ら、お母さんに話す内容を頭の中でまとめる。
甘くて透き通った、桜の匂いを思い出しながら、私はリビングへ向かった。
後から聞いたら、彼女からお母さんに、もうすぐ家に着くという連絡がいっていたらしい。まったく、過保護な
友人だ。