イソヴォクスキーの憂鬱
草汰秦
「不幸だなぁ、まったく」
イソヴォクスキーは掩蔽壕の中でヴォトカを呷りながら一人呟いていた。
彼は熱いためか、青と白のストライプが入ったシャツだけを着ていた。彼がまたヴォトカを呷り始めると、掩蔽壕の中
に誰かが入って来た。
顔を上げて見ると、ミヨカヴィッチ先任曹長だった。
「同志中尉、あの梅毒持ちの畜生が呼んでいます」
「同志曹長、きちんと報告するんだ。党の政治将校殿だぞ」
イソヴォスキーはミヨカヴィッチ曹長を注意した。彼が政治将校を毛嫌いしているのは前々から承知していたが他の
部下がいる手前、注意しない訳にはいかない。
ミヨカヴィッチ曹長は姿勢を正し、
「報告します、同志イソヴォクスキー中尉。同志キリンジノフ政治将校殿がお呼びであります」
「わかった。同志曹長。行って良いぞ」
ミヨカヴィッチ曹長が掩蔽壕から出ていくのを見送ってから、立ち上がった。
イソヴォクスキーは気乗りがしなかった。
何故かと言うと、イソヴォスキーは、キリンジノフ政治将校がまた自分に金の無心をしようとしていると思ったからだ。
これまで貸した金はいまだに返ってきていない。
しかし、断ってキリンジノフ政治将校と揉める訳にはいかなかった。
何故なら、イソヴォスキーは去年、酔って師団長の車を廃車同然にしたからだ。これ以上失点を重ねるのはまずかっ
た。
イソヴォスキーはキリンジノフ政治将校の部屋に入った。
「同志政治将校、何か用かな。君が無いのと同様に、僕にも金は無いよ」
キリンジノフ政治将校は椅子をこちらに向け私を見ると
「君にお金が無いのは知っているよ。実は君にサイドビジネスをしないかと誘おうと思ってね。いや、作戦に支障は無
いよ」
私は嫌な予感を感じつつもどの様なサイドビジネスなのか聞いてみた。
すると、キリンジノフ政治将校は、
「簡単さ、大麻を栽培している村を夜襲して、大麻を奪うのさ。奪った後空爆すれば、証拠は残らない。完全犯罪さ」
私は上手く行くのか疑問に思った。その上、今の私はシベリア送りの一歩手前の状態だ。こんな危険な賭けに乗る
訳にはいかない。だが、キリンジノフは私が拒否すれば、党に私が計画したと報告するだろう。結局、私はキリンジノフ
の計画に参加することになった。
私はミヨカヴィッチ曹長にも相談した。すると彼は私に同情して、自分も協力すると申し出た。取り敢えず、今夜パト
ロールを実施すると小隊全員に伝えた。
夜襲する、大麻を栽培している村は我々の小隊が駐屯する山からそう遠くはなかった。
深夜になり、出撃した。既に司令部に空爆の要請をしたため、猶予は二時間位しかない。尾根伝いに小隊が進む。
するとミヨカヴィッチ曹長が私に近づいた。
「同志中尉、同志キリンジノフ政治将校殿が、煙草の吸い過ぎでもう歩けないと言っておりますが、どうしましょう」
私は前を向きながら、
「よし、うまくやれ」
ミヨカヴィッチ曹長は、最後尾のキリンジノフの方へ消えていった。
翌週のプラウダ紙は、アフガニスタンにおいて夜襲を指揮している際に、敵の狙撃を受け戦死した小隊付政治将校
に対して、ブレジネフ書記長がこの勇敢な政治将校にアレクサンドル・ネフスキー勲章を叙勲すると発表したと報じた。