遅拙
もちごめ
「何も浮かばん」
午前二時半、僕はパソコンの前で唸り声をあげていた。文芸部である僕は明日、というより今日までに一つ
の文芸作品を書き上げ、提出しなければならないのだ。締め切りを守らないと普段温厚な西岡さんに愛用の
万能包丁で三枚に下されるので遅れるわけにはいかない。しかし、焦りが募るばかりで作品の舞台も登場人
物もオチも、何一つ浮かんでこない。眠気と空腹感が体中を這いずり回り、思考力と気力が霧散していく。時
間ばかりが過ぎていくこの状況で土下座の文字がふわりと頭に浮かんできたとき、ふと鏡が目に映った。あ
まりの眠気に目はいつも以上に細くなっており、開いているのかすらも分からない。口はかすかに開いてお
り、力なく呼吸しているのが見て取れる。あまりの姿にまるで他人を見ているかのような気持ちになった。
「ん?」
そのとき、やっと閃いた。
「こいつのこと書けばいんじゃね?」
何も浮かばない、というこの状況そのものを作品にすればいいのである。嬉々として今の状況を書き連ねて
いく。しかし途中であることに気が付いた。全く面白くないのである。ただつらいよーねむいよーという愚痴を
文章に起こしただけで、起承転結もあったものではない。ではどうしたらよいのか。
「別に現実に忠実じゃなくていいよね」
作品を書くにあたって僕は自由に書いていいと言われのだ。フィクションではいけないなどということはある
まい。僕は二重まぶたのパッチリした目を瞬かせながら作業に戻る。作業は今までの苦悩が嘘のように進ん
でいった。話は変わるが僕は炎を操る能力を持っている。今までの人生で一度たりとも役に立ったことはない。
午前四時半、ようやく作品が完成するかと思いきやここでまた問題にぶち当たった。オチが浮かばないので
ある。話を膨らませ過ぎて、現在木星で子猫をかばいながら宇宙人と戦っているのだ。なぜこうなってしまっ
たのか自分でもよく分からない。しかしこれをどうにかしないと僕は寝ることが出来ないのだ。
「もう爆発オチでいいや」
かの岡本太郎はこう言った。『芸術は爆発だ』と。これは文芸作品にも当てはまるのではないだろうか。なぜ
なら文芸もまた芸術なのだ。文章中で爆発をおこせば、それは芸術足り得る。木星は爆発した。子猫はなん
やかんやあって助かりました。わーいわーいめでたしめでたし。
「これでおしまい!」
寝れる。これでやっと眠れる。苦行から解放され安息を得ることが出来るのだ。もう少し早く取り掛かってい
ればよかったとも思うが今は静かに横になりたい。僕のしなやかな指がエンターキーに触れた瞬間、ボンッと
いう音を立ててパソコンが火を噴いた。